・Studies in Organic/中島英樹 隈研吾建築都市設計事務所

隈研吾展の図録にもなっている書籍は,デザイナーの中島英樹氏による。
まず、開いた時にすべてがバラバラと落ちてしまうのではないかと思うくらいに紙の接合部が自由だ。ガチガチに閉じられたもう開きたくないと思えるほどの書籍が多く存在する中で、ぼくがこような書籍に出会ったことが珍しいというのが悲しい。さらにこまかい配慮として、カバーが本そのものより天地が小さくなっている。カバーの天地がよくペリッとめくれて破れる,という事件は鞄の中にいれて持ち歩いているとよく起きるが,これを回避するための配慮だろうか.かなり進化形である。

小池邸のなかに展示されている,埼玉で活躍しているアトリエ線路脇というアトリエの森田千晶さんという作家の作品.自身で紙をすき,上田のものを使いながら作成した照明.
ちょうど今度アトリエで作品展を開催するらしく,こういう照明は1つ欲しかったので行ってみようと思う.



  iida / au
auのdesign projectのコンセプトモデルに、GRAPPA 002というのがあった。コンセプトモデルがあるが故に販売はされていないが、似たデザインのもの、つまりスライド式だ。私はいまや一般的な携帯の形になった折りたたみに違和感を感じる。「開ける」という行為自体なにかめんどくさいし意味がわからない。いまストレートを使っているのもその理由だ。ストレートと折りたたみの中間的な形に心底惚れている自分にとってこのiidaはいままでのダサいスライド式とは一線を画す。若干固めのスライドとリーチの短さが気になるが是非手に入れたいプロダクトだ。

横浜建築都市学、山中俊治氏。
山本理顕氏の建築作品である埼玉県立大、はこだて未来大学の図書館の家具を設計した工業デザイナー。他にも、SUICAの改札機やグッドデザイン賞に選ばれたアメリカのOXO社の大根おろしなど多数作品がある。
山中氏は東大の機械の学科に在学中から漫画家になろうとしていたらしい。漫画家と機械のあいだで何かできることはないかと考えていたときに工業デザイナーという職を知り、日産自動車にデザイナーとして就職する。その後独立、フリーのデザイナーとして活躍中である。
今日の講演のテーマは「デザインの骨格」。
現代のプロダクトは中身を作って「側」を貼るものが多い。そんななか、ラッピングする形だけでなく、構造的な組織を整理すること自体がデザインであり、しくみから描いていくという手法を提示している。携帯電話にしろ、パソコンにしろ、テクノロジーのしくみをわかってつかっている人は少ない。それは機械の難しいところをラッピングして隠してしまうことが当たり前になってしまい、しくみをわかることを諦めてしまっていると氏はいう。使い方がわかっているだけでどう動いているかというアナロジーを視覚言語化することすることに新しいデザインの価値があるのではないかと感じているのだろう。
最近の作品に、コクヨの『アジェンダ』がある。
オフィス用の椅子には高さなどを調整するアジャスターがついている。最初に自分の椅子と決まったときこそそのアジャスターでいろいろ調整はするが、その後はほとんどしない。しかし、椅子に座って会議をすることもあればコーヒーを飲むこともある。それぞれの場面に応じて椅子が形状を変えるのがこの『アジェンダ』だ。複数のクッションのなかの空気がバルブを通して移動し、体勢によって有機的に椅子自体が形状を変える。生命体のアナロジーを組み込んだようなデザインだ。
5月末から21_21で始まる展覧会のテーマは「骨」。『BONES』という本に掲載されている動物の骨は私たちが普段見る動物の姿とは違う。しかし、その骨格が見えるとどうだろう。骨格が「わかる」、というのはつまり構造が視覚化されているということだ。有機体として詳しく知らなくとも、「わかる」気がするということに美の価値がある。一見複雑だが、そこに美しさを感じることは次第に理解されている。工場萌え、などという言葉が生まれたのもその一種だと思う。
そこには「流れることの美しさ」があるように思う。野球選手のバッティングにしろ、機能という結果だけでなくそれまでのアナロジーを伝える新しい意味でのシンプル。複雑なものを覆って無理にシンプルにすることはできる。しかし、山中氏は複雑な構造を伝達することによって感覚的な意味でのシンプルまでデザインしているとも言える。
デザインの価値の一つは、伝えることだと思う。関係性を構築する手段として山中氏はものとひとをつなぐ役割を担っている。