決壊 上巻決壊 下巻 決壊/平野啓一郎 新潮社
平野啓一郎は、社会学者の東浩紀などとたまに社会学的、表象文化論的な活動を共にしている小説家。デビュー10年目の作品だ。
一つの物語のなかではあるが、現代の問題の多様性がリアリティと共に描かれた力作である。登場人物個人の内的問題から社会的な大きな問題までが特に現代の若者には心にくだろう。秋葉原の事件で浮き彫りになった現代社会の問題点を忠実に再現しているとも言える。秋葉原の事件が記憶に新しい今でこそ、読む価値のある小説である。さらに、同時代を生きる自分たちに取って、小説内のキャラクター化された人、または自分と共に将来を築いて行くことを考えさせられる。
「自分」という個を曲げる事が出来ない弟、その一方で器用に生きる兄。暗闇の中で日々ネットの中のもう一人の自分を生きる少年。そして、この小説の中で最も重要なキーとなるマスコミとその性質、「悪魔」という存在。特にマスコミの存在は個人的に一番気になった。生きた被害者である被害者の親族の心情を伝え、過ちを繰り返佐ない事が目的であるはずなのに、逆に潜在的な犯罪者に事件を起こさせてしまう。心中にある闇の部分の起爆装置である。もはや何が正しいかがはっきりしない世の中であり、マスコミは利用される。
弟が死に、悪魔が死に、最終的に兄も死ぬ。生き残るのは法律で守られた少年だけ。殺されるか、殺すか、自分を呪って死ぬか。〈幸福〉になる人はいない。誰でも幸福になる資格を持ち、〈幸福〉になるための情報を鵜呑みにする現代人、つまり〈幸福〉のファシズムの中では、何も知らない人間が一番得であり、幸せなのだろうと思う。「死ぬことで自分を壊すのか、それとも、自分でもどうしようもなく壊れてしまった結果、死ぬのか。単純にそのいずれかとは言えませんが。……」と作者が自身のブログでも書いているようにそんな単純な話でもないだろうが。何も知らない人というのは言い過ぎなのかもしれないが、何か希望を持って乗り越えるべき世の中なのかもしれない。知っているとしても。
装幀は、菊地信義。表紙から小口まで墨一色に塗られていて、読み進めるうちに汗ばんだ時、つまり興奮などの心情の変化が会った時にうっすらと誌面に汚れが付く。それはどこで自分の感情の変化があったか確認が出来るという。