遠くて身近な歴史ー1968年そしてホロコースト @トーキョーワンダーサイト
クリエイター・イン・レジデンスの成果発表展覧会。イシャイ・ガルバシュ、ブラッドレー・マッカラム&ジャクリーヌ・タリーの二組のアーティストが展示を行っていた。もう一つの初台であったのは昨日で終わっていた。まあ、昨日まで忙しかったので仕方はないが。。
カフェのある入り口から奥に進んで右手の展示はブラッドレー・マッカラム&ジャクリーヌ・タリー。
1968年の日本の写真を使った展示。全て共同通信、The Japan Timesの写真で、国際反戦デーの新宿の写真であろうか、明記はされていないが暴動の写真や坂倉事務所の新宿西口広場の写真を使っていた。しかし使っていたといっても写真をプリントしたものを展示しているのではなく、カンヴァスに油彩で描かれ、その上にレイヤーを1センチほど浮かして重ねるようにシルクスクリーンに描いたものを重ねて見せている。ぼやけているような、はっきりしているような、その表現は遠くに行けば行くほど輪郭をはっきりと見せ、近づけば近づくほどぼやけて見える。
いまでも世界の各国で紛争や戦争は絶えない。反戦デーとされている10月21日には、いまでは左翼の退潮により一般人からはあまり気にされていないかもしれないが戦争の記憶がまだある、経験がある人にはもっと耳を傾けるべきなのではないかと思った。朝日新聞に連載している戦争の記憶ももっと注意して読むようにしようと思う。国民総動員体制のもとでの多大な犠牲、政治的な意味の範疇でしかない無力な人びとの犠牲、非人道的な殺戮や破壊行為への問題視が反戦活動基礎となったがその意味をいま私たちは、日本人は考えているのだろうか、乗り越えたのだろうかという海外からの目線なのかもしれない。ぼやけたキャンバスは遠い地で勝手に起こっている自分たちとは関係ないことで、その解像度の低さに何も異を唱えずぼんやりと生きているだけの事実を、私たちに突きつけているのかもしれない。

向かい側にある展示室は真っ暗だった。カーテンを分けて入ってどうしようか戸惑っていると学芸員の人が「少し待っていて下さい、必ず光り出します」と。
5分ほど待っただろうか、すごく長く感じた。目の前の画面が光り、美しい写真とテキストを表示する。それが画面だということにも気づかなかったほどの暗闇だが、次々と並べられた画面は光り出し、ぼくをどこかまで導こうとする。後には何も残らない。次の画面が光るとき、見ていた画面は消えてしまう。その光だけを頼りに、手探りのように次に進んでいく。
そこに映されたのは作者であるイシャイ・ガルバシュが母の手記をもとに同じ道を歩いて撮影した写真と母の手記のテキストだった。
作者の両親は収容所の生還者。第二次世界大戦下のユダヤ人大量殺戮、ホロコーストの過ちと、作者は向き合い、母の足跡を辿ったのだ。戦後半世紀、母は思い出したくもない過去と向き合いそれを回想して手記に残した。作者が辿った道とはほど遠いであろうが、同じ記憶を辿る。忘れてはならない、同じ人類が欲に振り回された過去。
私が最初にこの部屋に入ったときの数分の暗闇の恐怖とは比べものにならないほどの恐怖。それは単なる感覚だけの心の底では出るか待つかを選択できるほどの簡単なものではない。選択することも許されない恐怖である。ホロコースト=「丸焼きの供物」は、差別どころのものではなく、「社会からの除外」である。強制労働、ガス室、ジェノサイド。ひとの歴史を辿ることはそのひとの意義、尊厳を証明することである。ホロコースト否定説も存在するが、作者の母の体験と、作者が向き合った事実は十分に受け取った。