シャトーカミヤ

あるきっかけで筑波大学大学院世界遺産専攻の方々の講義の一環である見学にお邪魔した.
ワインの醸造場の近代化遺産。煉瓦造の建築が周囲を囲むようにコの字型に配置され、新しいチャペルと土産物屋が対面に建つ。周囲を建物で囲われた広場は西洋的な入隅空間で、茨城県牛久という典型的な町の中に所在するということを時間が経つにつれ,忘れさせていった。


ワインの醸造場は煉瓦は残っているが、現在は醸造も行われていない.しかし、ワインを売りにする遺産だけあって、その建築の活用する中に興味深い活用方法がなされていた。
正門を抜け,広場から醸造場に入ると,当時醸造されていたとき使用されていた大きな樽が並ぶ.横に倒してはいるが,直系は身長以上。それが何本も並んでいるのだから,ここで日本最初期に行われたワイン製造の熱の入りようが窺える.それは、もう建築空間といっていいくらい、圧倒的で,威圧的である。そこには事実が横たわる,まさしく遺産なのであり、当時の熱気を含有する生きた化石である.


横たわった樽のそばを通りながら2階に上がると,そこは資料展示室になっており、製造をはじめた当初からの経営者などの写真や増築されている途中の工事の写真もある。また、ワインだけでなく、オープナーなどの周辺の小物の変遷まで捉えられる、ワイン博物館のごとく物と写真の配列空間である。



日本におけるワインの成立過程を歴史的に概観した後、次の順路は地下の貯蔵庫である。黒黴にまみれた樽の並んだ薄暗い空間には、ある種の緊張感がある。暗闇の中にぽつんと空気穴が空いているせいか、ワインをおいておく時間が過去から現代まで連綿と続き,今でもそこは生きているかのような、静寂の中で鼓動だけが聞こえるような生命感が宿っている。といっても実際はもう何も行われていない。その代わりに,出口へと続く経路の途中には従業員がワインを瓶詰めしている作業が公開されている。ワインのアルコールの匂いを若干漂わせながら。

「ワイン」と聞いただけで安易に想像してしまう全ての場面をぼくの脳内に奮起させた。そこには、アルコールへの魅惑という危険なものではなく、質素で簡潔的な、生活と美の結節点があった。「花には水を 人には愛を 生活にはワインを」という当時のキャッチフレーズが展示空間にはだれかの直筆で書かれているものがあったが、日本人が明治維新後国家的にめざした相対的な地位と、国民一人一人が手にしようとした生活の水準、そして本当に人間に必要な「豊かさ」を創設者の神谷傳兵衛は普及させたかったのではないか。国民がそれに気づくのは早く,今この場でぼくがワインの匂いに引かれ,イタリアンの店にまた行こうと思える環境の土台の出発点が、ここにあったのだ。
地下から地上に上がると,そこには大量のワインを販売しているショップだった。土産物屋風にグラスや携帯ストラップなどここの限定的な商品ともう一つ,わざわざ煉瓦造の中にワインショップを独立させてつくっているのには意味があった。ワインという歴史的にも味覚的にも奥深い物を、一回の建築的体験で成立させること。それにはワインの購入までいたらせる、事実という「力」とそれを体験者一人一人に浸透させる「構造」が必要だった。この「事象」を成立させるためにこの博物館は入館料も取らず,運営を成立させている。そこには建築はもちろん、歴史、人間,経済など全ての必要条件が揃い,それを操作することで必要十分条件たらしめるのだ。
しかし、一つ個人的な問題があった。
ぼくは至って普通の日本人であって,ワインを飲んだことはあるものの、その銘柄を選別できるほどの知識は持ち合わせていない.いくら歴史を辿ってワインに追随するブルジョア的妄想にかられようとも,今の自分という現実からは逃れることはできない。つまり、大文字としてのワインを理解したところで、それを自分の舌にまで持ち込ませるデバイスが必要なのだ。もちろん、何万本とあるのであろうワインには、細かい説明書きがなされている。海外のソムリエが選んだワインのランキングもある。しかしそれらは舐めることはできない。もしかすると、場内は飲食店とされているくらいだから、ワインを出しているのかもしれない.しかしぼくは、断絶されたどこかで飲むよりも、今,ここで飲んだ方がますます購買意欲をかき立てられただろうと思う.試飲というよりも、舌でワインを勉強できる空間があればいいと思う.
といっても結局2本,買ったのだが.