・束芋展 @横浜美術館

久しぶりに横浜美術館にいくと、いつもある大雑把なエントランス空間がなくなっていた。というのも物理的になくなっていたというわけではなく、束芋の展示によって空間は支配されてしまっていた。照明を落とし、シュールな作風の動画作品が照射された空間。その展示は、丹下健三による時代的錯覚の空間を逆に引きのある空間として利用し、自らの作品のための空間とされてしまっていた。
展示は「惡人」への絵画から始まる。展示室の壁を作品が取り巻く。人、人の部分、車、生物、プロダクトなど、さまざまな要素が連なるその絵画は、一つひとつは独立しているようにみえ、文脈なしに隣合わされたような印象も受けるが、それは深い「時代」という深層でつながっているようにも思えた。展示の序文に束芋氏は、団塊の世代を強烈に意識し、個への執着のある世代として70年代生まれの世代を「断面の世代」と括っているからである。というのも大きく社会を動かし、支えた団塊の世代の「世代としての面的強さ」に対する「個の断面的つながり」を捉えているようにも思えるからだ。
その後の展示インスタレーションが続く。この展示のあと、たまたま横浜美術館の所蔵品展もみたのだが、そこには、ダリやマグリットの「超現実」の世界があった。シュルリアリストたちも、現実の些細な気づきが世界の見方を変えるといったその視点の提示が束芋の作品とも一致する。流動する団地の一部屋が延々と流れる映像作品「団断」は便所の水で顔を洗うといったあり得はしないが昭和の雰囲気によってどこかあり得そうに映ってしまう。そんな現実と非現実の間を現実の視点から浮かび上がらせる。