・リノベーション基調講演/blue studio

最近、一般的にも浸透してきた「リノベーション」という「言葉」。その「実践的」老舗集団とも言えるblue studioの専務が、今回のスピーカー、大島氏だ。
今回の講演は全国賃貸住宅新聞社の開催するフェア内の講演ということもあるのか、「マーケティング」や「入居者」など不動産業界ではよく使われる言葉を主にした講演であったと感じている。オーナーや業者といった建築外の人びとに建築を融和させていくような。講演内で紹介された事例は周囲と変わらない家賃で収益が得られている。そこにはリフォームとは違う、入居者の価値観に寄り添うことで生まれた生き生きといた空間作りがあった。

立ち見でブースで区切られた講演エリアから人がはみ出している中、大島氏登場。まず最初に釘を刺す。これをやれば満室になるということはない。大事なのは考えることであり、リノベーションは過程の一つに過ぎない、と。
これは次第に広まってきた「リノベーション」というものが記号化することを避けるための釘のようにも思えた。もちろん目的の1つにオーナーの入居者確保というものがあるが、それ以上に入居者の生活を支えることが目的として据える必要がある。

次に価値観のパラダイムシフトを説明する。住宅着工戸数の減少があり、どう使うかという認識が大事であると。もう一つの認識はハードからソフトへの転換。どう使いこなすか、ということ。これはつまり相対的な価値観から絶対的な価値観になっていることであり、新築との差異化である。便利よりも愛着が大切。
すなわち、リフォームはハードウェアの更新、リノベはソフトウェアの更新である。前者は問題解決、後者はライフスタイルに対応した考え方の更新。病気で言うとお腹が痛くなって病院に行く対処療法と体を強くして病気を防ぐ原因療法となる。

「愛着の持てる共同住宅をつくる」。キーノートの画面にはこう映された。木賃を考える上で「共同住宅」という概念が大事だという。ここから集合住宅と共同住宅の違いを説く。これは「リノベーションシンポジウム大阪」で筆者も見た画像だ。町屋、木賃宿の延長にアパートメントがあり、空間をシェアしている。それに対して昨今台頭しているマンションは集合しながらもプライバシーを保つ。つまり、前者はコミュニティであり、後者は単なる住宅の集合である。

つまり「つながり」がアパートメントの系譜にはある。人間は人間に愛着をもつ。モノへの愛着は消費されてしまう。物質に依存しないつながり、世界観、価値観を共有するという付加価値が。

ここから事例紹介。1つ目は計画道路など問題を孕んだ木賃風呂なしアパートの事例 「nana」。建て替えの不可能な物件のリノベーションである。リフォームしたとしても新築のまがいものになってしまい、コストも新築同等かかるため、リノベーションという方法を採る。
まず物件の街での位置づけをリサーチ。その建物が建った経緯とその街がどう変わったのかなどを調べていく。現在は小さなカフェやベーカリーのある、かわいらしい街になっていた。ここから紡ぎだされたコンセプトが、小さな街の小さな家、パリのアパルトマン。

昨今の入居者の要望には、カフェのような家に住みたいというものが多いと言う。この要望はもっとカジュアルな家、皮膚にまとわりつく肌触りのある家ということである。
この物件の名称は「nana」というタイトルに。新しい物語を構築するため、物件の名称は映画のタイトルをつけることと同等と氏はいう。中はシンプルな作りだが、世界観にマッチするものになっている。床もフローリングではなく板の間。

板の間は硬くないため暖かいが傷がつきやすい。今の普通では現状復帰などの義務があるため不可能だが、この世界観上ではこの材料は受け入れられる。住んでいる人は女性が多数を占める。これはセキュリティに関しても良いという。隣に知っている人が住んでいるほどの安心はないからだ。つまり、入居者が発展させて住んでいる。
その入居者が発展させる、ということでその後起きたことに、「企画展をやりたい」という要望があったという。入居者の中には物を作る趣味の人がおり、その人たちが言い出したという。周囲の入居者に迷惑になるのでは、とも言ったが、物をつくる人が自分の部屋に展示する上に作らない人も自分の部屋を使っていいよと協力的な姿勢を見せたという。文字通り、物語を入居者が発展させていっているのである。
構造的な設計のことの説明があり、総コストも設計料を含んで2800万という結果を提示。周囲の新築と同等の家賃だという。

次は旗竿の既存不適格建築のシェアハウス「下北沢pinos」について。築40年で建て替えられないことからリノベーションが選択された。コンセプトは「みんなで暮らそう 下北沢」。
氏はスペインアンダルシア地方の家の写真を画面に映す。ビフォアの写真と骨格的に似ている外部階段と白い壁。その物件にも似たような広場と階段がある。それをイメージにして白い壁と丸太の現しにした内部を設計に活かす。
また、ここではコミュニティの象徴としてパエリア鍋をつくり、コミュニティの核としてあるリビングダイニングのシェアを強調する。ここに住む人は30代前半の人で、上場企業に勤めるサラリーマンもいる。賃料は8万円程度と高めではあるが、そこまで出してでもシェアハウス住む。これは安いからシェアハウスに住もうではいけないということである。

最後に提示した氏の言葉は「物語のない賃貸に未来はない」。どういった世界観に自分が参加できるかというワクワク感を感じさせなければならない。